立命館アジア太平洋大学

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学長ノート

大学職員の「働き方改革」

2021/4/6

※こちらに掲載の内容は、『IDE現代の高等教育 NO.628 2021年2-3月号』 (2021年2月1日発行) に掲載されたものです。

1.はじめに

立命館アジア太平洋大学(APU)は、学校法人立命館が2000年に開学した大学であり、学生・教員の約半数が外国籍で構成される国際大学である。学生の出身国・地域の数は常時90ほどで、教員の出身国・地域の数は20を超えている。加えて、日本人教員も海外の大学で学位を取得した者が過半数を占めている。

他方、教員と共に大学を運営するカウンターパートである職員の外国籍比率は15.5%となっており、多様化が進んでいないのが現状である。2021年度から開始される学校法人立命館が計画する2030年度までの新たな中期計画において、APUは職員の多国籍化を大学ガバナンス改革の課題の一つに位置付けている。決して出身国・地域のみが多様性を表す指標ではないことは承知しているが、APUの構成員を踏まえると、職員組織の抜本的な変革なしに、新たな中期計画におけるAPUの大きな成長が望めないことは明白である。ここでは、APUのこうした職員組織の現状と課題を念頭に、「大学職員の働き方改革」について論じたい。

2.わが国の働き方の現状をめぐる状況と課題

OECD(経済協力開発機構)加盟の37ヵ国のうち、日本の時間当たり労働生産性および、就業者ひとり当たりの労働生産性は共に21位でOECD平均を大きく下回っている(参照:公益財団法人日本生産性本部『労働生産性の国際比較2019年度』)。G7の中でみると、データ取得が可能な1970年以降、日本は労働生産性で常に最下位の状況が続いている。

詳細は省くが、日本の戦後の高度成長は、冷戦構造によるアメリカの庇護のもと、人口の増加という基盤の上に、製造業の工場モデルを中心に成し遂げられてきた。工場モデルは、長時間労働によって利益を伸ばすビジネスモデルである。日本社会は製造業の工場モデルの長時間労働に最適化するため、女性が家庭に入り家事や育児に専念し、男性が長時間、仕事に従事することを前提として、配偶者控除、第3号被保険者といった社会制度を設けてそれを支えてきた。三歳児神話もその一環である。また、こうした製造業の工場モデルの下での人口の増加と高度成長が、新卒一括採用、終身雇用、年功序列、定年制といった日本の特異な労働慣行を創り上げてきた。

しかし、日本のGDPの4分の3以上がサービス産業を中心とした第3次産業が占め、製造業の工場モデルが過去のものになったことがもはや決定的である以上、社会のシステムや働き方も変わらざるを得ない段階に入っている。サービス産業を中心とする社会においては、労働時間ではなく、「成果」とそれをもたらす「アイデア」や「イノベーション」、つまり労働生産性を上げることこそが生命線になる。長時間労働を続けると生産性が落ちるということは、科学的なデータにより証明されている。「労働時間」という虚構に惑わされず、「成果」と「アイデア」や「イノベーション」を如何に生み出す労働環境を構築することができるかが、今後の日本のあらゆる組織が挑戦していくべき課題であると考える。

3.多様性、イノベーションとAPU

前述のように、APUの構成員である学生および教員の出身国・地域は多様性(ダイバーシティ)に富んでいるといえる。APUの職員は学校法人立命館の職員でもあり、京都の立命館大学の勤務経験がある者も多いが、そうした職員から、「APUの学生の主張や行動は立命館大学のような国内の大学の学生からは決して出てこないものがあり驚かされることが多い」、「APUの教員の大学に関する考え方が海外の大学を前提としているため、日本の大学運営では疑問にも思っていないことを指摘されることが多い」とよく指摘される。

多様性が生産性を高める原点のひとつがここにあると考える。サービス産業などにおける生産性を高める「成果」は、「アイデア」や「イノベーション」からもたらされる。イノベーションは「知識」×「考える力」の組み合わせから生み出される。必ずしも最新の「知識」だけがイノベーションを生み出すわけではない。既知の「知識」でも異なるものが組み合わさり、「考える力」により「アイデア」を生み出すことで、イノベーションを起こすことが可能となる。ここに多様性が必要である真の理由がある。同じような考え方・社会規範・社会制度の下で過ごしてきた「ひと」同士では、培ってきた「知識」が似通ってしまう。また似通った「ひと」同士では、他の「ひと」を理解するために必ずしも「考える力」を使わなくてもいい。そうした環境にあってはイノベーションは生まれにくいのである。

多様性が生産性を高めるもう一つの理由が、社会環境の変化である。グローバル化が進み、ヒト・モノ・サービス・情報・金融などが自由に国境を越えて移動する現代社会においては、製造業もサービス産業も「世界」をマーケットにせざるを得ない状況にある。また、新興国の成長もあり、社会の購買層の多様化が進んでいる。こうした多様な人々で構成されるマーケットに対応していくには、多様な人々により生み出されるイノベーションが必須となるのである。

以上の考察を踏まえると、APUの多様性にあふれた環境は、必然的に現代国際社会に適応したイノベーションを生む人材育成の仕組みを内包していると考えられる。「APUでは多様性・多文化環境の中で、『他者を介して物事を理解する』ことが普通にビルトインされている」とある教員は説明する。「APUには、学びの中に常に他者がいる。授業の中でグループワークやディスカッションをさせると他者との違いを意識せざるを得ない。世界約90か国・地域から学生が集まるので『自分と考え方や思考回路が違う』のが当たり前の環境である。APUでは自分を相対化せざるを得ない」というのである。こうした多様性に富んだ環境の中で、APUの学生は、様々な新しい知識を取り入れ(=インプット)、他者と協働していく(=アウトプット)ことを繰り返す日々を過ごし、イノベーションを生み出す訓練を自然のうちに受けているのである。

2000年開学のAPUの第1期生は現在、脂の乗った40代に入り、卒業生は世界のあらゆる場面で活躍している。最近、3人目の大臣が生まれた。APUでは、「APUで学んだ人たちが世界を変える」という「APU2030ビジョン」を掲げている。今、世界中で活躍している卒業生の活動により社会が少しでも良くなり「世界を変えて」いくことが、APUが内包する「多様性がイノベーションを生む仕組み」を実証することになると信じている。

4.大学職員の「働き方改革」

以上述べてきたように、労働者の働き方というのは社会のあり方に密接に関連している。今の日本は、働き方の前提となる社会環境が激変したにもかかわらず、制度が固定化してしまい、大きな歪みが生じているという状況にあるといえよう。この歪みの解消には、社会環境の変化に対応して、労働者の「労働の目的」が変化しなければならない、という認識を組織全体が持つことが重要である。

ここで「大学」および「大学職員」のあり方について考察してみたい。大学というのはもともと、かなりの多様性を内包する組織であると考えられる。教員はそれぞれ専門分野を持ち、他分野の研究者とも自由なディスカッションを行うことができるロジカルな思考方法や高度な知識を身に付けている。労働市場も高い流動性があり、様々な大学における研究歴・勤務歴が集う多様な経歴の教員から成り立っている組織であることが通常である。

加えて、大学は、イノベーションを最も必要とする究極のサービス産業(非製造業)であると位置づけられる。しかしこうした教員の多様性によるイノベーションは専ら研究の分野で発揮され、意欲のある教員は教育の現場でもそれを発揮しているが、大学の政策や運営に関してこうしたイノベーションが発揮される事例は、研究ほど多くないのが実情である。ここを支えるのが、今、必要とされる「大学職員の労働の目的」であると考える。

大学職員は「事務職員」と呼ばれることもある通り、大学運営のために必要な「事務」を担うことを、従来、求められてきた。しかし、今や大学における職員の労働の目的が変わっていることは明白であろう。現在、学生支援、研究支援、教育支援など、様々な職員部門で専門性が求められている。こうした専門性を持ちつつ、多様な教員との協働により、教育、研究、社会貢献、大学運営などにイノベーションをもたらす触媒となることが大学職員に新たに期待される「労働の目的」だと考える。

「働き方改革」は、長時間労働の是正、同一労働同一賃金、年齢フリー、性別フリー、ライフワークバランスの確立などの制度論を単に出発点、自己目的化するのではなく(もちろん、こういった制度論は極めて重要ではあるが)、各職業における「働き方」自体の改革を念頭におくべきであろう。

5.APU職員の「働き方改革」

APUに在籍する225名の職員組織の現状は、以下の通りである(2020年5月1日現在)。

① 外国籍職員 15.5%
② TOEIC800点以上 67.7% ※英語力不問の事務契約職員除く
③ 海外大学の学位保有者 6.2% ※日本人のみ
④ 修士学位以上保有者 8%

それぞれの割合は、国内他大学に比すると高いかもしれないが、国際大学として、教員と学生の半数が外国籍の大学として、様々な分野でイノベーションを生み出す組織としては、まだ十分とはいえない。

APUの意思決定機関である、各学部・センターや部局の代表者で構成される「大学評議会」は16名で構成されており、うち外国籍のメンバーはまだ4名にとどまっている。どの部門の代表者が外国籍になっても対応できる事務組織が確立されるまでには至っていないと考えている。国際大学を運営するための教員のカウンターパートとして、APU職員にはさらなる高度化が求められているのである。

このように「労働の目的」が明確になると、打つべき対策も明確になる。外国籍職員の採用を拡充してカウンターパートの教員、教育対象の学生(および志願者)というマーケットをより良く理解できる組織となること、その中で多様な人材が自由な意見を交わして様々な「アイデア」を生み出し続けること、それらの「アイデア」を大学政策・制度・運営までにつなげる専門性を身に付けること、などなどである。

そして、大学としては、そうしたことが可能となる環境と職員制度を整備していく必要があろう。事務作業のDX導入などによる長時間労働の削減、不要な事務の廃止、専門性を高めるための研修制度や修士学位以上の職員採用拡充・修士号取得支援制度(=インプットの強化)、政策・制度を実現するためのプロセスの改善(=アウトプットの強化)、メンバーシップ型からジョブ型働き方への転換、在宅勤務・休業制度等の整備による多様な働き方の導入などである。以上は、2021年度から開始するAPUの中期計画の中に盛り込まれている。

APUの職員は、当初は不可能といわれていた学生・教員の半分が外国籍の大学を立ち上げ、運営してきた職能集団である。新型コロナウイルス感染症への対応においても、アメリカのZoom本社と2020年2月に直接契約して全授業オンライン化の基盤を整備したり、小中学校の一斉休校に伴い「子連れ出勤」をすぐに導入したりと、迅速かつ柔軟に対応することができる機動性・柔軟性を有している。APUが真の国際大学へ進化するため、APU職員はポストコロナの時代に「働き方改革」を成し遂げることができると、確信している。



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