学長ノート

国籍・性別・年齢フリーで考える働き方改革

2018/05/10

出口 治明 第4代学長

フェミニズムとは何だろうか。一般論で述べれば、「男性も女性も現実の世界において平等に権利と機会を持つべきである」という信念であり「男女は政治的、経済的、そして社会的に平等であるべきだ」という考え方だと思う。キーワードは「平等」だ。平等には、形式的、機械的な平等と実質的な平等とがある。一例をあげよう。ヨーロッパでごく普通に行われているクォータ制という仕組みがある。社会に残る男女の性差別による弊害を解消していくために、積極的に格差を是正して政策決定の場の男女の比率に偏りが無いようにする仕組みのことで、選挙で女性候補者の割合を明示したり、上場企業で女性の役員が一定割合いなければ上場を取り消すなどの法令が整備されている。クォータ制に関しては、逆差別であって平等原則に反するという主張も根強いが、僕はそうは思わない。一定の時間軸において、男女の真の平等を実現するという大義がありその一方で男女の性差別が残っているという現実がある、その乖離を縮める手段として考えれば、クォータ制は現実的な優れた手段であることが了解されるだろう。ヨーロッパ各国で広く普及した所以である。形式的にはクォータ制は平等原則に反するように見えるが、実質的には平等原則に合致すると考えるべきである。平等とは、絶対的な概念ではなく、それぞれの社会の状況に応じた相対的な概念であるべきだ。ところで、わが国の女性の社会的な地位は、世界経済フォーラム(WEF)の2017年版「ジェンダー・ギャップ指数」によると調査対象144カ国のうち114位という体たらくである。主因は女性の政治参画の遅れである。そうであれば、選挙における候補者の男女同数を定めたパリテ法(2000年、フランス)のようなクォータ制を導入する必要性が最も高いのがわが国ではないか。そのような至極当たり前の主張があまり見られないのは、論壇やメディアの怠慢あるいは衰退ではないのだろうか。

次に、フェミニズムの観点から、わが国の大きな政策課題である「働き方改革」について考えてみよう。まず、大前提であるが、男性と女性には生理や出産など動物として根本的な体の違いがある。この違いを考慮することは当然であって、そのことを理由に女性を不利に取り扱うことはあってはならないことである。例えば、わが国では育児休業から戻ってきた従業員のキャリアが中断したりランクダウンが行われたりしている。フランスではキャリアの中断を法律で禁じており、育児休業中は従来通り勤務したものとみなすと定めている。考えてみれば育児は骨の折れる難しい仕事だ。『育児は仕事の役に立つ』(光文社新書)という好著があるが、育児休業を終えて帰ってくる従業員は留学同様に賢くなって職場復帰をするわけだから、むしろランクアップをした方が理に適うのではないか。わが国では、現在でも、「仕事を取るか子どもを取るか」といった記事がメディアで散見されたりするが、先進国では両立支援政策が当たり前に行われており、「仕事も子どもも」が社会常識になっている。軒並み、出生率もV字回復の傾向にある。子どもについては、いつでも安心して子どもを持ち育てられる社会が動物である人間にとっては理想郷であろう。それなら、安心して子どもを持ち育てられる社会を創ればいい。政策としては、シンプルである。子どもを持ちたい時とその女性の経済力が必ずしも一致するはずはないのだから、その差を政府が給付を行えばいい。現にフランスはそうしている。子どもを持ったあとは待機児童をゼロにすれば何も心配はいらない。わが国は少子化で小中学校の統廃合を進めている。なぜ保育園に転用しないのか不思議でならない。要は、政府が希望者全員を義務保育にするという見識を持ちさえすれば、待機児童の問題はたちどころに氷解するだろう。産みたいときに産む、待機児童ゼロ、キャリアの中断なしというのは有名なフランスのシラク3原則である。その結果、フランスの出生率が2・0前後まで約10年で0・4ポイント以上回復したことはよく知られている通りである。

以上のように男女の体の違いを考慮した政策を行ったと仮定した上で、働き方について述べれば、国籍フリー・性別フリー・年齢フリーで考えることが理想の姿であろう。グーグルの人事担当者に聞いた話だが、グーグルでは人事データから国籍・性別・年齢のデータを削除したそうである。いわく、「過去のキャリアや現在の職務、将来の希望がわかれば、人事情報としては必要十分だ」と。その通りであろう。わが国の大企業の研修に講師として呼ばれたとき、「女性の多い職場の管理者に抜擢された、女性を上手に扱う秘訣を教えてほしい」という質問を受けた。僕は「辞表を書いてください。男女を分けて考える人は管理者にならない方がいい」と答えた。アメリカのある交響楽団ではブラインド・オーディションを始めたら、多様な人種、女性、高齢者の採用が増え楽団のレベルが上がったという。それまでは、白人の若い男性が採用されるケースが多かったと。無意識の差別や偏見は想像以上に根深いものがあるという証左であろう。フェミニズムとは、そういった旧来の根拠のない社会常識を「1つずつ意識して払拭していく日々の行動」を指す言葉であってほしい。

出典:出口治明『すばる』(集英社、2018年5月号)112-114ページ



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